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スポーツ医科学レポート

選手の怪我とその心理学的な意味
近藤 春香(岐阜大学 教育学部)

 競技に関わっていると、怪我や故障がしばしば発生します。しかも、試合の直前や大切な試合中、あるいは、周りからは非常に調子が良いと判断されるときに起こることもあります。そんなとき、「たまたま起きた」、「不運だった」、「怪我はつきものだから」として、片づけられることが多いのではないでしょうか。筆者自身も、競技をしていたころ、レギュラー選手として試合に出場できるという大きなチャンスの時、試合の2日前に怪我をし、そのようなチャンスを逃したという、苦々しい経験があります(結局、試合には出場できなかった)。その時は「ばかなことをした」、「なんて不運なんだろう」と、右往左往しつつ、心におさめていったものです。
 このような選手にとっての怪我や故障は、非常に困難で、かつ身近に発生する可能性の高い大きな問題です。これらは、単なる「偶然」や「不運」、あるいは身体のこととして片づけられることが多いようです。しかし、一人の選手が続けて怪我を起こしたり、大切な時期にチーム内で怪我が頻繁に起きたりする事を考えると、そこにはなんらかの心理的な意味が存在すると考えたほうがいいように思います。
 こうした選手の怪我について考えるとき、参考になるのが負傷頻発選手(Injuryprone athlete)です。アメリカの心理学者のオジルビィとタッコ(Ogilvie&Tutko,1966)によると、負傷頻発選手とは、「非常に頻繁に怪我を起こす選手」、「怪我の程度以上に苦痛を訴え続ける選手」であり、その怪我の発生には、「選手自身は無意識であるが、心理的な理由が理解できる」、あるいは、「怪我の発生が、その選手の心理の表れである」と考えることができます。彼らは、試合で自分の力量がはっきりすることを恐れ、無意識的に人々の同情を求め、痛みをオーバーに表現して試合状況を回避している選手、親からの期待が大きく、生真面目で高い目標を持っている選手が、自己の力量を越えた練習をしてしまい、怪我に至った事例を報告しています。また、バウムテスト(注)を用いて、バウム画の表現特徴から負傷頻発選手の類型化を試みた筆者らの研究においても、バウム画の表現に表れた心理的な特徴が、選手の怪我の発生と深い関わりがあることが推察されました。(近藤・鈴木、1998)。
 これらのことから、怪我の発生は、選手の心の動きの表れであると考えることができます。この考えに従うと、筆者の経験した怪我は、「あまりにも一生懸命で、心が目いっぱいの状態で無理をしていた」、あるいは、「自分の実力がはっきりしてしまうことを恐れていた」という心の動きの表れである、と理解することができます。選手の心は、競技に関わること以外にも、家族の状況など、競技と一見全く関係のないものに思えることにも動かされ、競技場面での怪我の発生として表現されることも考えられます。
 このように、一見偶然に起こると思われる選手の怪我には、選手の心を深く理解し、共感するうえで非常に重要な情報が含まれており、このことに指導者として目を向け、選手の心の声に耳を傾けることは、その選手の成長をよりうながす指導の糧を得ることにつながるのではないでしょうか。ただ、その心の動きを彼らが意識しているわけではなく、多くは無意識であるようです。ですから、選手の無意識的な心の動きを指導者が理解したとしても、彼らにそれを伝えたり、責めるようなことはしてはいけません、選手自身も意識していないのですから。
 選手が怪我をしたとき、「この選手にとってこの怪我はどんな意味があるのか」と考えてみるのも、これからの指導者にとって必要なことなのではないでしょうか。

  (注)バウムテスト: コツホ(1970)によって創案された投影描画テストであり、画用紙にイメージした1本の木を描かせ、それによって無意識のうちに感じ取っている自我像を知ろうとするものです。

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