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スポーツ医科学レポート

スポーツカウンセリング

田口 多恵
([財]岐阜県イベント・スポーツ振興事業団 スポーツ科学トレーニングセンター)

「スポーツカウンセリング」とはあまり耳慣れない言葉かもしれません.一方で,よく知られるようになっている言葉に,「メンタルトレーニング」があります.この2つの言葉は,はっきりと区別されるものであるというより,むしろ,選手―メンタルトレーナー,あるいは選手―スポーツカウンセラーとの関係の中での,関わりのレベル(水準)が違うとでも言えると思います.
 例えば,あがってしまう¢I手に,「メンタルトレーニング」なら,まずリラクセーションなどの心理技法を指導するでしょう.あがらないようにすることを目標に,あがってしまうという選手の訴えに応じて,処方するのです.では,「スポーツカウンセリング」ではどのようにするのでしょうか? まずは,カウンセラーが選手の訴えをじっと聴きます.最終的に心理技法を紹介するにしても,まず選手の話を聴くことから始めます.一言であがる≠ニ言っても,その背景にあるものは選手個人様々です.それを一様に,リラクセーション技法を指導して,あがらなくなるなら,こんなに簡単なものはないでしょう.しかし,心の問題はそれほど簡単にはいきません.また,そこで,リラクセーションの心理技法を選手がマスターしていても,選手にとってプレッシャーを感じる大舞台になればなるほど,リラクセーションの心理技法では対応できないような,選手自身の心理が浮かび上がってくることがあります.また,日頃やる気のない選手に,モチベーション(やる気)を高めるために心理技法の1つの目標設定スキルを指導し,毎日日誌をつけさせる指導をしたとします.それでやる気の高まる選手もいるかもしれません.しかし,中には,そのノルマがしんどくなり,益々やる気を失ったり,目標達成ができず自分を責めたり,劣等感を強化したりする選手もでてくる可能性もあります.カウンセラー(あるいはメンタルトレーナー)が,選手自身のやる気のなさの背景にあるものがみえないままで,目標設定スキルを処方しても,それが有効にならないときがあるのです.メンタルトレーニングの心理技法をやっていくと,具体的に何かをやったんだという満足感は得られるかもしれませんが,果たして,それが本当に選手のためになっているかどうかを考えなければいけません.一時的にいい結果が得られることがあっても,その後かえって選手が上達しなくなったり,プレイがうまくいかなくなってしまうことがあるのです.
 そうならないようにするためには,まず選手の訴えをじっくりと聴くことです.選手とじっくり会って聴いていく中で,心理技法が有効であると判断した場合,技法を指導することも有り得ます.しかし,このような訴えをする選手にはこの技法を指導するというスタンスで会うのではなく,まずは選手の訴えを傾聴することから始めるのです.
 実際のところ,選手の話をよく聴いていく

と,わざわざ心理技法を指導しなくても,同様のことを選手自らが知らないうちにやっているケースがあります.その時は,選手自身がやっていることをサポートすることが大切です.そして,スポーツカウンセリングの過程では,選手は語れるところから(語れる準備の整ったところから)語りはじめ,自身をみつめ,問題に直面するようになります.そして,その時間を選手とカウンセラーが共有することを通して,癒されることによって,元々の選手自身の力が活かされ,自身を競技で表現できるようになるのです.
 競技での悩みや問題の訴えは,例えば,あがってしまう∞この動きになるとできない∞やる気がでない∞部をやめたい≠ネど様々ですが,元々の選手自身がもっている生きようとする力がうまく働かなくなって,そしてその問題に直面できる力が整いつつあるときに,そのような訴えをしてくると考えられます.ですから,選手の言葉づらをそのまま受け取って,あがってしまう選手にリラクセーションを教えたりは,すぐにはしない方が良いのです.その問題の背景をみつめることが重要なのです.
 しかし,問題となる選手を送られる指導者やその周囲の方は,早く選手の表れている問題を何とかしようとする気持ちが強いので,とにかくあがらなくして欲しいという要望が強くなるようです.そうなると,とにかく,心理技法を指導して欲しいということを要求される場合が多いのです.また,スポーツカウンセリングを行う場所が密室であり,また選手のプライバシーを守る義務があるために,選手が話した内容を指導者に伝えなかったりしていると,指導者が不安に感じられたりすることもあるようです.また時間をかけて行っているので(時間がかかるものなのですが),なかなか効果がないということで途中で中断してしまうケースもあります.ですから,選手以外の人にやっていることを理解してもらいながら,つまり選手を取り巻く環境とも関わりをもちながら進めていかねばなりません.
 スポーツカウンセリングでは,選手が訴える(選手にとって訴えやすい)問題,あるいは今一番問題となっているところから入っていき,守られた空間で選手と会いつづけていくことで,選手が自由にその時間のなかで自らを表現するようになります.そして,そのようなことを継続していくことで,選手自身がこれまでの競技人生(あるいは生き方)を捉え直すことになり,今まで活きてこなかった部分が活きてくるようになり,そして,それらのことが競技でも反映されるようになるのです.つまり,選手の内界(心の世界)が変われば,外界(できばえ)も変わるのです.そうなることによって,競技でも実力を発揮できるようになっていくのです.その過程に寄り添うのがスポーツカウンセラーです.