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スポーツ医科学レポート
競技力向上のためのスポーツ動作法
岩田 真一(スポーツ科学トレーニングセンター)
  「もっと腰を入れろ」とか,「肩の力を抜け」という言葉が競技場面でよく聞かれます。そう言われたとしても,選手はイメージした(こころに描いた)運動パターン通りに自分のからだを動かせないときがあります。こういうとき,もっと基本的な動作の課題を与えて,それをやってみることでそのズレを確かめることができます。例えば,イスに腰掛けてゆっくり肩を上げて下ろすという課題を選手に与えてみます。そうすると,選手本人は肩を上げているつもりでも,例えば息を止めてからだ全体に力を入れていたり,腰を反らせているだけで,肩がほとんど上げられていないというようなことがあります。運動能力の高いスポーツ選手でさえも,動かそうとするところに力を入れているつもりでまったく別のところに力が入っているということがあるのです。このようなときには,基本的な動作の課題を用いて意図した通りに自分のからだを動かせるようにしていく練習方法が考えられます。そうした基盤を築いた上で,専門的技能を練習した方が,より高いレベルの動きに到達できるのです。このようなからだの動かし方を身につける具体的練習方法のひとつとして『動作法』があります。『動作法』ではからだを意図した通りに動かそうとする主体者の自己活動の過程を『動作』と定義しています(成瀬,1973)。すなわち,『動作』はからだへ能動的・目的的に働きかけていくという努力活動によって生起するものであり,イメージした運動パターンと実際に行われる身体運動を一致させていく自己コントロール活動を指すのです。
  『動作法』の課題動作は,肩動作,体幹ひねり動作,踏みしめ動作,体重移動動作などがあります。これらの動作をあぐら座位,イス座位,膝立位,立位,あるいは仰臥姿勢で行います。課題動作は,原則として,課題動作を行う選手と課題の達成具合を詳細に把握しながら課題達成を援助する者(動作トレーナー)との共同作業で行います。しかし,ここでは課題動作の中で比較的簡単で,一人でやることのできるもののひとつを例として取り上げます。それはイス座位での肩上下動作です。基本的には以下に示すような手順で行います。

(例)イス座位での肩上下動作
@イスに腰掛けて,軽く背すじを伸ばします。
A手は腿の上に置くか,からだの横に自然とたらしま
  す。
B肩のあたりに注意を向けて,ゆっくりと肩を上げて
  いきます。
C肩を上げていくとそれまでとは異なる苦しい感じ
  (無理矢理に動かしていくような感じ)になりま
  す。
Dそうなったらその高さで肩を止めて,力の入れ過ぎ
  やいらない力が入っていないかを確かめます。



Eそれを確かめながら呼吸を繰り返していくと,入れ
  過ぎた力や入らない力を抜くことができます。
Fそして,少し気持ちに余裕が持てるようになり,も
  う少しせそうだというようなこころの準備ができま
  す。
Gそうしたらもう少し肩を上げてみます。
Hさらに,CからGまでを2,3回繰り返した後,肩
  の力をゆっくり抜いて下ろします。

  なお,動かす時はゆっくりと動かすことを心がけます。すなわち,急激にギュッと動かさず,ジワーッと肩のあたりに力を入れていく感じで動かすようにします。
  以上の手順で一日数回,数日間続けてやってみます。そうすると,以前よりも思う通りに肩を動かすことができるようになります。そして,これをさらに続けていくと,スポーツ技能においてもイメージした運動パターン通りに自分のからだを動かせるようになるのです。
  この『動作法』は,もともと脳性まひ児の肢体不自由改善を目的として始められました。その後,心理的問題や悩みを抱えた人への『臨床動作法』として,またスポーツ選手の動作の自己コントロール能力の向上,及び心理面の変容を目指した『スポーツ動作法』(星野,1994)として発展し,この効果が報告されています。  
  ところで,自分のからだを思い通りに動かせるようにするための援助方法である『動作法』が,なぜ心理面の変容に有効なのでしょうか。前述の肩上下動作を例にしますと,意図した通りに肩を動かすためには,自分自身で自分のからだに落ち着いて能動的に働きかけられなければなりません。実際に,そうしないと肩を上げているつもりでも,なかなか思う通りに動かせません。もしも思う通りに動かせないときには,動かせないのはどういう力が入れられないのか,どこに力を入れすぎているのか,などをからだの感じを通して確かめます。そして,入れ過ぎた力やいらない力を抜いて,思う通りに動かす努力を続けなければなりません。これが自分のからだ,およびからだを通した自分自身への気づきを高めることになります。そして,このような繰り返しの努力によって,思う通りに動かせるようになったときには,自分のからだを「楽にする」とか「力みすぎないで動かす」というような望ましい動かし方が身につくのです。
  こうして課題を遂行する中で得られた,自分のからだを思い通りに動かせるようになった体験は,内的にはこころをコントロールする力が身についてきたことを意味します。これは,スポーツ選手の事例報告(星野,1994)において,「試合中のミスへのとらわれが減少した」,「レース展開以外のことは全く頭に浮かばなかった」,などの心理的変容が報告されているように,競技場面での自分のあり方にも影響を与えるのです。