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スポーツ医科学レポート
スポーツ・トレーニングにおける乳酸の活用法
松岡敏男(岐阜大学)

●乳酸とは

 乳酸は血中や筋肉などの臓器内に存在し,体内の血中乳酸濃度は通常1.0mM/l前後です。グルコースが代謝されるときに酸素供給が十分であれば,水などに代謝されますが,運動の強度が増し酸素の需要量に対し供給量が間に合わなくなり,不完全燃焼となったときに乳酸が生じます。細胞内の過剰な乳酸は血中に流出して,肝に運ばれます。

 運動の形態には短時間で競技が終わるものやマラソンのように長時間運動を続ける競技があります。また多くの球技種目にように無酸素性と有酸素性のエネルギー出力方法が混在しているスポーツもあります。スポーツにおける乳酸の活用法はトレーニングの効率化や運動強度の重要な指標として使用することです。

運動のタイプで乳酸値のとらえ方が大きく変わってきます。短時間の激しい運動の評価は無酸素性能力として,また長時間にわたる運動での評価は有酸素性能力です。前者は乳酸を多く作り出す能力が必要であり、後者は乳酸をできるだけ産生させない能力を持つことが必要です。乳酸系のエネルギーは有酸素系のエネルギーに比べて2倍のエネルギー出力があるので強いパワーがだせます。しかし,体内に蓄積されると血液が酸性化に傾き,筋肉の収縮が不可能になります。エネルギーの総和がプラスかマイナスになるかで乳酸をだしたほうがよい運動とださないほうがよい運動らに分かれます。

●運動による変化

  血中乳酸値は運動強度に依存して上昇しますが,直線的に上昇するのではなく,ある運動強度以上になると上昇します。運動時の酸素需要量と供給量のバランスが維持されていれば血中乳酸の蓄積は見られません。増加する時点はこのバランスが崩れたときに起こります。運動中の血中乳酸濃度は産生される量と消失される量で決まり,運動強度とその持続時間,トレーニングの質と程度等によって影響を受けます。運動強度が最大酸素摂取能力の80〜85%程度では4mmol程度の血中乳酸濃度が増加し,運動の継続ができなくなります。最大乳酸濃度の個体差はその運動に参加した筋量の多さや、乳酸に対する耐性によって決まり、個人的に違います。マラソン選手やボート選手では高い値を示します。
  最初に需要と供給のバランスが崩れ、血中乳酸が上昇する時点をLT(Lactate Threshold)といって乳酸性作業閾値といいます。いろいろな議論がありますが、この点をAT(Anaerobic Threshold)と呼んでいます。また、体内に乳酸が産生され、体液の酸性化を防ぐ必要性から、重炭酸イオンにより緩衝される働きが起こります。その結果、過剰な二酸化炭素が排出され、換気が亢進されることになります。血中乳酸の測定でなく、換気量の変化を測定することからLTと同じようにATを求めることも行われています。これはVT(Ventilation Threshold)と呼び、換気性作業閾値といいます。しかし、これらは方法的に必ずしも統一されていません。
  トレーニング効果により同じ運動強度の練習をしても血中乳酸値の上昇は押さえられます。そのことはLTやVTの位置が右側にシフト(図1参照)し、さらに強い運動強度にも耐えうることを表わします。これは、トレーニングによって筋繊維のタイプ毛細管密度、骨格筋内の酸化能が増加した結果です。最大酸素摂取量ではトレーニング効果がなかなか見られない場合でも、血中乳酸値ではトレーニング効果をはっきり見ることができます。しかし、生体の変化を測定するので条件やコンディションなどできるだけ同一条件で注意深く行うことが大切です。

●トレーニングの活用法

  持久的競技のトレーニングでは最大下の運動強度を維持して行うためにLT付近の運動強度を維持できるような強度を与えていくことが大切になります。そうすることによって競技者が守るべきペースを知ることができます。運動中の乳酸の代謝は産生される一方で除去も行われ、LT付近の運動強度を継続できることは最大の強度ですが、その地点を越えると運動の継続が不可能になることはありません。
  激しい運動で動けなくなるような状態でゲームやレースを終え、また次のレースやゲームがある場合には蓄積された乳酸をできるだけ早く除去する必要があります。この場合、動かず安静にしていると乳酸の除去に多くの時間がかかります。良い方法はクールダウンを行うことによって積極的に乳酸の除去を行うことです。しかしその時に行うクールダウンの強度と時間が問題になります。強すぎる運動は乳酸を産生することになり、蓄積された乳酸を酸化できず回復に時間がかかります。あまり弱すぎると安静時と同じであり、筋に回る血流が少なくまた筋の活動が少ないために除去に時間がかかります。
  運動強度は最大酸素摂取量の35〜40%が一番効果的という研究報告が多くあります。強度は最初を強く徐々に弱めていく方法が効果的であるとか、同じ強度で行うのがよいとか研究結果はさまざまです。しかし、クールダウン時に安静にしているより身体を動かす方が血中乳酸を早く除去できることは全ての研究成果から言えます。(図2参照)動かずにマッサージやストレッチを行うことは乳酸の除去に関してあまり効果がみられません。しかし、これらは筋肉の疲労を和らげたり、精神的にリフレッシュする効果があると思います。運動としてはジョギングなどできるだけ全身の筋組織を使うことが効果的であり、それぞれの経験的なものも大切になります。
  乳酸測定はトレーニングの効率化や運動強度の重要な指標として有効ですが、測定を行うにはどのような場合でもからだに傷をつけ、採血しなければなりません。今は比較的簡易な方法で測定ができるようになりましたが、インフォームド・コンセントや経費の問題、データをどのように評価し、生かしていくかなど多くの問題があると思います。
  また、乳酸の最大値の測定が不可能であり、最大値に対する何%というような評価、強度設定が難しいこともあります。動作の特異性や筋肉内のグリコーゲン量にも左右されることもあり、他人との比較で考えるのではなく、個人内でのデータの比較が適切であると思われます。