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スポーツ医科学レポート  NO.14-2
2.チームドクターの役割
(日本女子ホッケー・アテネオリンピックへ帯同して)
喜久生 明男
(きくいけ整形外科)

 早いものでアテネオリンピックの感動で日本中が沸き返ったのは昨年の事となりました。アテネと言えば、暑い、ドーピング、日本選手の大活躍でした。初参加の女子ホッケーでは岐阜県出身選手がオリンピックの夢舞台で活躍し、歴史的2勝を上げ、8位入賞を果たしました(図1)。

 私はドクターとして参加する機会を得ましたので、その体験の一部を報告します。日本オリンピック委員会は事前のアテネ調査で、一番の問題は暑さであると警告していました。ホッケーは運動量が多く、選手の熱対策が競技を左右するポイントであろうと予測し、競技場では運動による熱をいかに早く冷やすか、暑さと運動で失われた、水分と電解質をいかに早く取り戻すかが勝負と想定しました。競技場での熱対策としてはアイスジャケット(氷入りベスト)、氷嚢で効率よく冷やすこと、試合後の脱水対策として点滴液を15リットル準備しました。競技では10分間のハーフタイムのロッカールームは前半の反省、戦術の確認、変更、選手のクーリングと疲労回復、テーピング等のため大忙しであり、エアコンの効いたロッカールームでも、選手が一同に集まれば熱気の溢れた密室となり、熱を取るには身体に接した空気の対流が必要となります。そのために、秘密兵器として岐阜の団扇(直径約60センチメートル)を密かに5本準備しておきました。大会直前に完成した競技場のロッカールームには扇風機は無く、岐阜の団扇は多いに役立ちました。
 
 しかし、天候は予測とは違い、日中の気温は40度近くになり、日差しは焼け付く強さですが、湿度は40%前後で、海辺に位置した競技場は季節がら風がよく通り(季節風:メルテール)、直射日光さえ避ければ、すがすがしく、高原の避暑地にいるようでした(表1)。汗による放熱効果は良く、水分、電解質の補給さえ気をつければよい事になります。実際、選手たちは蒸し暑い日本の夏より断然動きやすいとの印象でした。そのためか点滴液は3.5リットルしか使わず、ゲーム中の怪我でドクターがピッチ上を走る事は一度もありませんでした。しかし、散歩で足関節を捻挫して痛みが強く、鎮痛剤と局所注射で何とか試合出場した選手が2点をあげて、日本の歴史的初勝利に貢献したことは知られていません。

 今回のアテネオリンピック参加選手のメディカルチェックでは16名中12名(75%)は何らかの怪我の既往を持っており、全く無症状の選手は2名のみでした。アテネで医療行為を行ったものはTUE:Therapeutic Use Exemption (目的使用の適用措置)を申請してアキレス腱腱鞘内ステロイド注射を行った選手1名2回、TUE申請して日光皮膚炎にてステロイド外用剤を使用したもの1名、点滴7名、生理痛にて投薬したもの5名、下痢にて投薬3名、打撲にて投薬2名、その他、腰痛、扁桃炎、湿疹、蕁麻疹にて投薬したもの各1名でした。重複を無くすると、選手16名中14名に何らかの医療行為が必要でありました(表2)。選手以外にも技術スタッフ1名に点滴を行い、日本からの応援団3名にも投薬を行っています。私以外にもトレーナーが2名帯同しており、彼らは試合、練習の前後にテーピング、マッサージ、アイシング等を含めて選手のコンディショニングに、私よりはるかに忙しく活躍してくれました。

 オリンピック競技全体からみると、競技場、選手村、食事、輸送、警備等には問題なく、地元の人々の対応も素晴らしく、開会式直前まで準備していたギリシャは見事にオリンピックをやりとげました。また、アテネオリンピックは国際オリンピック委員会(IOC)と国際アンチ・ドーピング機構(WADA)が初めて手を取り合って望んだ大会でしたので、ドーピングに対する姿勢は厳しいものだったことは室伏選手の金メダルが物語っています。帯同ドクターはWADA、IOCの提示するドーピング禁止薬、禁止方法、事前申請であるTUE等にも精通しておくことが大切となっています。今回の帯同ドクターとしては選手全員が元気で活躍してくれ、ドーピングも問題なく過ごせたことで、ほっと胸を撫で下ろしました。何も無く、当たり前のようにアテネから日本に帰国できたことは本当に嬉しいことでした。

表1.帯同ドクターとしてアテネ対策と現場状況
●暑さ対策
  水分補給と発熱対策
   点滴500ml*30本、熱を奪うための対流促進に岐阜の団扇を準備した
                       
     しかし、現実のアテネでは 直射日光は暑く、厳しいものであったが、
      湿度が低く、平均湿度40%(日本では80%)であった。
      更に夏のエーゲ海特有の季節風(メルテール)が吹いていた。
                       
     日本での高原のさわやかさであった。

●外傷対策
     日常生活での医学的管理 : ドーピング対策を含めて
     遠征生活での医学的管理 : ドーピング対策を含めて

表2.私の仕事のまとめ
  選手のバックグランド
●何らかの怪我の既往を持っている選手は12名/16名=75%
  ◇全く何もない選手1名
  ◇少し腰痛2名
  ◇異常所見あるも無症状1名

●アテネにて何らかの医療行為を必要とした選手は14名/16名であった。
  アテネでの医療(競技開始前) 計9名
  ◇アキレス腱に腱鞘内注射(局所麻酔剤+ステロイド)1名1回 : TUE*
  ◇日光皮膚炎にてステロイド外用剤 : TUE*
  ◇点滴4名、生理痛にて投薬2名、腰痛にて投薬1名
  
  アテネでの医療(競技開始後)
 計15名
  ◇アキレス腱に腱鞘内注射(局所麻酔剤+ステロイド)1名1回 : TUE*   
  ◇生理痛3名
  ◇扁桃腺炎1名
  ◇点滴3名
  ◇打撲2名
  ◇下痢3名
  ◇湿疹1名
  ◇
蕁麻疹1名 
  ◇捻挫1名 (局所麻酔剤の注射を要した)

   *TUE : Therapeutic Use Exemption とは目的使用の適用措置の略である。
     ドーピング禁止薬でも事前申告にて使用可能な治療薬がある。

図1.オリンピックで2勝目をあげてのビクトリーラン

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