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 スポーツ医科学レポート NO.13-2

2.スポーツへの認知行動療法的アプローチ

黒川 淳一
(岐阜大学医学部スポーツ医科学分野)


 「大きな会場のコートに足を踏み入れたとたん、もう何がなんだかわからなくなってしまって・・・。結局、自分のプレーが出来ませんでした。いままで応援してくれた方々に申し訳ないです。すいません。」

 こういったコメントを発するスポーツ選手にしばしば遭遇します。特定の場面に対する"あがり"などによる失敗については選手のみならず監督さんからもよく相談されるテーマの一つです。なぜ、彼らは"自分のプレー"ができなかったのでしょうか?
 人は困難な場面に遭遇した場合、その人個人の考え方や思い込みによってその場面をどのように捉えているか"認知"的評価に大きく影響されるとLasarus&Folkmanは提唱しました。この理論をもとにすれば同じ場面に遭遇しているにもかかわらず、心理的状態(気分)や身体的状態(パフォーマンス)に個人差が生じると解釈しやすいでしょう。本論では認知行動療法の理論を用いて、序文の問題について考えてみることにします。
 
 まずスポーツにおける、特に困難な状況に接した時を想像して下さい。おそらく深く考えるまでも無く、「今日の対戦相手は苦手だ」、「こんなに多くの人前でミスをしたら恥をかくに違い無い」、「今日負けたら自分はもう2度と出場させてもらえないだろう」などあまり好ましくない思考下にあることが想像されます。自然に、意図せずふっと浮かぶ思考やイメージはその人にとっては習慣化しているものであり、これを"自動思考"と呼んでいます。

 認知的行動療法において問題となる自動思考とはどういったものがあるでしょうか。前述の例からは、(1)理性的に考えたものではないこと、(2)不合理で役に立たないこと、(3)不合理であるにもかかわらず当然そうあるものだと受け入れていること、そして(4)無批判に信じていることが挙げられ、結果として感情や行動が制限されることではないでしょうか。

 たとえ困難な状況下にあっても「ここで勝てばきっと望んでいた名誉が得られる」わけで、困難な状況こそが実は「チャンス」であるといった合理的な解釈が成立するようであれば、前述のような問題とは深刻に直面しないはずです。その人の認知によってはいかようにでも解釈できるはずなのですが、いわゆる"気分"が不良な時や"神経質"に考えばかりが先行してしまうとき(際たる状況としては"うつ"の状態にあるとき)などは、"否定的"な自動思考が優先されることが多く、理論的な不合理を認め、気分の悪循環に陥ってしまうと考えられます。この理論的な誤りを"認知の歪み"と呼びます。特に「必ず〜でないとだめだ」とか「きっと〜に違い無い」といった行き過ぎた関係付けを"基本的理念"として包含していることが特徴です。

 さらにこのような考え方の根底には、その人自身において"暗黙の前提"とも呼ぶべき、様々な状況に対して独自の意味付けをする"枠組み"となる信念や規則を持ち合わせているのです。これを"スキーマ"と呼び、「自動思考の基礎となる認知と考えられています。スキーマは"暗黙の前提"であるため、その人にとっては自動思考以上に明確に自覚されていることがさらに少ないのです。スキーマは個人の価値観や世界観と関連していて、過去の体験から形成された、個人的な意味付けを与えるものと考えられています。現在では、硬直化したスキーマが"うつ病"の再燃・再発に関わる重要な認知であるとも考えられています。

 "あがり"や"苦手意識"といったスポーツ選手にとって好ましくない思考はこのように形成されている背景があることを理解してもらえるよう、認知行動療法ではまずスキーマの同定といった"作業"から始めていきます。それは選手とカウンセラーとの共同作業であり、選手を一方的に説き伏せるのではなく、選手があたかも自分でスキーマのあり方を発見したかのような形で導く形式での面接を通じてなされます。そこではある状況においてみられた自動思考の持つ意味を次々と探ることによってスキーマに至るために"言語化"して"紙"に書いてもらうという作業をしてもらいます。この過程において不合理性や不適応性が選手に自覚されるよう導くもので、質問と提案によって進められていきます。

 さらにスキーマに至ったならば、今までのスキーマに従うことでの"利益"と、そうすることによる"不利益"を書き比べてもらいます。選手の示す"すべし"という命令に従わなかった場合どうなるのかということをさらに想像してもらい、その想像が正しいか否かを"実験"(行動を伴う)することで、その結果をもとにスキーマについて考え直す機会を設け、より"現実的"な形に修正を加えていくのです。認知行動療法ではストレスに対する適切な技術の習得を目指しています。この技術のスポーツ場面における応用と、その効果が期待されています。

【参考文献】
1)Lasarus RS,Folkman S:Strees,appraisal,and coping,Springer,New York,1984.
2)鈴木 伸一,坂野 雄二:スポーツと認知行動療法,心身医療9(3),52-55,1997.
3)井上 和臣:認知療法への招待 改訂版第3刷,金芳堂,東京,2002.

 

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