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スポーツ医科学レポートNO.10


3.トップアスリートのトレーニング


山崎 一彦
(スポーツ科学トレーニングセンター)


 

近年、日本におけるメジャースポーツと言われているスポーツにおいても、世界で活躍できるほど躍進しています。その要因の一つにはスポーツ医科学の普及により、多くのアスリートたちが効率よく成果をあげていくことを重視したトレーニング方法論が浸透してきたことです。
 多くのスポーツ活動を行うアスリートたちには、トレーニング戦略を考える上で役立ちます。しかしながら、世界の頂点を目指すには「スポーツ医科学の常識」という少なからず断定的なものに翻弄されて起こるアクシデントや、伸び悩みも多発しているのが現状です。その上、研究者サイドがコーチング領域に入ると、「科学的根拠に基づいてトレーニングしたのに、どうして・・・」と原因を掴めないままに終わることも少なくありません。そこで、トップアスリートと全国レベルのアスリートとの違いはどこにあるのでしょうか?
 曲がりなりにも世界と戦った私の経験から申し上げますと、「基本をしっかり」「基本は完璧なのに?!」と指導者は口を揃えて言いますが、それ以外で新しい感覚の動作が入ってしまうと全く動けない選手がほとんどです。それを私は基本動作と言わないようにしています。私の場合、とにかく基本動作といわれる特徴から新しい感覚、または、実践的な動作に入るための位相を何10通りと考えながら「基本動作」を繰り返します。それにより新しい感覚の発掘や、いち早く技術を習得することが可能かと思われます。まさに同じ動作を皆としながら別の動きになっていくのです。また、私は陸上競技400mハードルを専門としていました。種目特性として、ハードルを跳びながら、乳酸性代謝機構を極限まで活用し、レース後半には強度の有酸素性代謝を要する非常に過酷な競技と言われています。また、この種目において10年以上前までは世界との差が歴然としていました。
 「体力的にも身長でも外国の選手には絶対に勝てない日本人が一番苦手な種目」とまで言われ、もちろん私も背が低く、世界大会入賞者の平均身長よりも15センチ以上下回っていました。その為からか、「身長が低くてパワーのない日本人は、前半抑えて後半になったら力任せに走っている外国人を追い抜いていけばいい。」と言われていたのが常識でした。しかし、世界大会での日本人を見ると、前半立遅れた距離は後半になってもわずかしか詰めることが出来ず、勝つことは出来ませんでした。私のレーススタイルは、脱兎のごとく先を行く前半型でしたが、日本でも勝てない間は、「そんなことでは日本でさえ通用しない。」と否定され続けました。しかしながら、前半から力を出したほうがエネルギー効率がよいと言う運動生理学的観点からも解釈できるように、「いかにレース中に全ての力を出すことが出来るか。」を考えながら「前半スピードを出しながら最後まで持たせることは出来ないだろうか。」に変化していき、前半のスピードに磨きをかけることに重点をおきました。
 そこである発想を思いつきました。「ハードル上で休む」ということです。前半から高いスピードで進入するため、非常に体力を消耗することが考えられますが、ハードル上の空中動作においていくら高い技術の持ち主であっても加速できないため、「ハードル上で休む」技術習得に努めました。その結果、世界のトップ選手と肩を並べて走ることが出来るようになりました。その後、皮肉なことに研究者サイドから「非常に効率がよく日本人のスタイルに合っている」と評価を受けました。
 また、トップに近づくにつれトレーナビリティが薄れてきます。そうなると常識的といわれるスポーツ科学に基づいたトレーニング方法論が通用しなくなってくるケースがしばしばあります。そこで「負のトレーニング」、すなわち科学ではタブーとされていたトレーニングに着眼点を置くことが考えられます。私のトレーニングも「短距離種目での高地トレーニングは、外気圧が低いため低地に戻ったときのパフォーマンスは落ちる。」といった短所が通常言われていましたが、
1.外気圧が低いため関節や筋肉に負担がかかりにくいこと。
2.陸上競技には短距離種目に設定されるように海抜1800m以上の種目において高地記録が設定されているよ
 うに、空気抵抗が若干少ないため、より質の高いトレーニングが出来ること。
3.乳酸性代謝機構には有酸素性代謝機構を高めることにより効率がよくなること。
などの主な仮説からトレーニング戦略を行い、その結果、翌年には日本人3位から世界7位に大躍進することが出来ました。
 このことはほんの一例ですが、種目特性を科学することにより、「科学の基本または常識」ではなく「科学の良識」から想像が生まれてくるような気がしてなりません。そして現在私が成功した要因である「常識」は、いつか否定される日がくるでしょう。これらの常識を復すことがスポーツの醍醐味であり、トップアスリートの糧となり、また科学の発展となるのではないでしょうか。