トップ>スポーツ医科学レポートトップ

スポーツ医科学レポートトップ

スポーツ医科学レポートNO.10


1.頭部外傷に対する危機管理


鷲見 靖彦(鷲見病院)

 頭部外傷には全く後遺症の残らない単純な脳震盪から重大な後遺症を残したり、死に至る脳挫傷、脳出血などがあります。問題なのは、単純な頭部の打撲や脳震盪だと思っていたものが脳出血へと発展し、手遅れになり死亡することが稀にあることです。スポーツの現場で頭部外傷に遭遇した時、何に注意し、何をしたら良いか、戸惑うことが多いと思います。ここでは主に選手の頭部外傷に対する危機管理について述べてみたいと思います。

 頭部には幾つかの解剖学的、生理学的特徴があります。まず顔面、頭皮は血管が豊富で小さな切り傷でも大量の出血をしますが、これらは殆どガーゼ等で圧迫すれば止血できます。しかし、子供では大量の出血でショック状態に陥ることがあるので注意しなければなりません。
 複雑な構造をした脳には太い血管が張り巡らされており、その脳の表面は硬膜に包まれて、頑丈な頭蓋骨よって保護されています。脳と硬膜の隙間には髄液が満たされ、脳表にある静脈の一部は硬膜の静脈洞へ注いでいます。
 頭部に外力が加わると、まず頭髪や頭皮が外力に対してある程度の緩衝効果を発揮します。しかし、頭蓋骨まで達するような大きな衝撃になると頭蓋骨骨折をきたし、ひいては脳挫傷、脳出血をきたします(直撃損傷)。頭部外傷の特徴として打撲部位の反対側にも脳損傷をきたすことがあります(対側損傷)。特に後頭部を強打した場合には反対側の前頭部に脳挫傷、脳出血をきたし重傷となることがあります。これらの損傷に対してはヘルメットを正しく着用することによってかなりの予防効果が期待できます。
 しかし一方、頭部が激しく揺さぶられただけで脳出血をきたすことがあります。それは密閉された頭蓋内に浮いたようにある脳と硬膜の間にズレが生じ、脳表から静脈洞へ注ぐ静脈が引き裂かれておきる脳出血です。また、脳内の各部位にも相対的な運動(ズレ)がみられ、複雑な脳損傷をきたします。また、頭部を何回も打った場合には脳出血の可能性が高くなるので注意して下さい。
 外傷による脳出血などは受傷直後に起こらなくても、数時間後、1〜2日後に起こることもあります。稀に1〜2ヶ月後に起こることがあります。脳震盪の後、直ぐに意識が回復したからといって安心できません。時間が経つにつれて意識障害が出てくることがあります。これは破綻した頭蓋内の血管の種類や太さによって、出血の状況が違うためです。少なくとも受傷後24時間は厳重な観察が必要です。

 意識障害は脳損傷の程度を示す重要な症状です。いつもと様子が違う。ぼんやりしている。同じことを何回も繰り返して喋っている。このような状態は、直ちに医療機関での精密検査が必要です。呼んでも目を覚まさない。目を覚ましても直ぐに寝てしまう。つねっても叩いても目を覚まさない。このような意識障害は一刻を争う緊急事態です。
 この意識障害の他、激しい頭痛、吐き気、嘔吐、けいれん、ひきつけ、運動麻痺、シビレが有るか無いかを観察して下さい。これらの症状がある時は、すでに脳が重大な状態に陥っているか、またはこれから重傷頭部外傷へ進展する可能性を示唆する重要な症状です。
 眼の観察も非常に大切です。白目をむいて同じ方向を向いている。眼球が振り子のように大きく不規則に揺れている。眼球が小刻みに震えている。瞳孔の大きさが左右違う。瞳孔が開いている。これらの症状は脳内に重大な変化が起きている証拠です。鼻出血、耳出血、鼻汁(脳脊髄液の漏れ)などがある時には頭蓋低骨折が疑われます。
 以上のような症状(状態)の時には直ちに脳神経外科のある医療機関に搬送して下さい。搬送に際しては頚椎、頚髄の損傷も考慮して、頚部を無理に屈曲、捻転しないよう厳重な注意が必要です。また、意識障害がある時は舌根沈下や吐物による窒息があります。呼吸が楽にできる体位をとらせて、吐物は直ぐに取り出し、起動の確保を万全にして下さい。
 スポーツ指導者は如何なるスポーツでも重傷頭部外傷が起こり得ることを想定し、近くにCTやMRIを備えた脳神経外科のある医療機関を確保しておいて下さい。また、日頃から選手の体調には気をつけ、頭痛、めまい、耳鳴り、視力障害などを訴える選手には練習や試合への参加を控え、脳神経外科専門医の受診を勧めて下さい。また、頭部外傷を頻繁に受ける選手は脳のメディカルチェックを定期的に受けるのが望ましいでしょう。